デス・オーバチュア
第291話「海と空のアオ」




「…………」
アドーナイオスは自らが起こした大爆発を空から見下ろしていた。
「ふん、結構な挨拶だったぞ、竜面の男(アドーナイオス)」
さらに『上』からのシャリートの声。
「…………」
視線を上空に向けると、双龍偃月牙を頭上で超高速回転させているシャリートの姿があった。
「ならばこちらも最大最強の挨拶を以て返そう!」
「ちっ……」
アドーナイオスの背中に『青く輝く剣刃を持つ180p程の両手剣(トゥハンドソード)』が出現する。
「受けよ! 我が最大最強の一撃! 双龍回天撃(そうりゅうかいてんげき)ぃぃぃっ!」
「くっ!」
急降下の勢いを乗せて振り下ろされた双龍偃月牙と、右肩から抜刀するように振り放たれた青刃の両手剣が激突した。



「…………」
アドーナイオスとシャリートは爆心地に立っていた。
周囲は今だ爆煙が晴れておらず、そう遠くない位置に居るはずのタナトス達の姿は視認できない。
「ふん、見事な腕だ……だが、得物がついてこなかったようだな」
「…………」
アドーナイオスの両手剣は剣刃が派手に砕け散り、本来の三分の一程しか残っていなかった。
「武具の差を誇るつもりはないが、強者は強者に相応しい『牙』を持つべきだ……この双龍偃月牙のようなっ!」
シャリートは誇らしげに、双龍偃月牙の切っ先をアドーナイオスへと突きつける。
無惨に砕け散った青刃の両手剣とは対照的に、双龍偃月牙は刃こぼれ一つしていなかった。
「……最大最強の一撃……」
地に降り立ってから初めて、アドーナイオスが声を発する。
「ぬぅ?」
「前も同じことを言っていなかったか? 違う技で……」
「ふむ、そのことか。清瀧回天撃も双龍回天撃も本質的に同じ技、余の流派の基礎にして奥義『カイテン』を極めた一撃必殺の最大最強技だ」
「一撃必殺? 私はまだ生きているが……?」
「痛いところをついてくれるな……それはそなたが、余の想像よりも強かっただけの話……」
「つまり、力(手)を抜きすぎたか……それとも、今の姿で出せる力がそこまでしかないのか……」
「むうぅ……」
シャリートの顔から誇らしげな余裕が消えた。
「そなた、どこまで……」
「さて、では次は私の番か?」
「ぬっ!?」
唐突に、アドーナイオスの全身から青い闘気が噴き出す。
「余の蒼とは違う……透き通るような青の闘気……水ではなく聖……限りなく神(白)に近しい青の闘気……?」
同じ色(アオ)でありながら、二人の『気質』はまったくの別物だった。
「そなた神族の端くれか……?」
「ふぅん、我は破皇(ハオウ)……傲慢な神でもなければ、貴様のような邪悪な魔でもない……」
アドーナイオスの両手剣の残っていた剣刃が青い光の粒子になって崩壊していく。
「神も魔も、聖も邪も……全てを壊滅する……破壊の皇だ!!!」
全身から溢れる青き闘気が刃無き両手剣へと集束し、新しい剣刃として物質化した。
より力強く、より美しく、光り輝く青き刃。
青刃の両手剣は以前よりもその長さを増し、ゆうに280pはあった。
「本当の『必殺の一撃』というものを見せてやろう……はあああああああああああああっ!」
アドーナイオスは全身から青き闘気を爆発的に放ちながら、青刃の両手剣を右後方に大きく振りかぶる。
「面白い! 余も『今』持てる全ての力で応えようぞ!」
シャリートも全身から蒼光の闘気を噴出させた。
「ハアアアアアアアアアアァァァッ……ハアアッ!」
気合と共に天へと跳び上がったシャリートを追うように、大地から無数が水流が噴き出し空を昇っていく。
「双(ふた)つの牙、二倍の跳躍、そして三倍の回転……」
言葉通り、シャリートは超高空で、嘗(かつ)てない超々高速で双龍偃月牙を頭上回転させた。
「見よ! これが余の全力全開の一撃だっ!」
超々高速回転する双龍偃月牙に、シャリートの全闘気が、地上から噴き上がる水流達が吸い込まれていく。
「海皇回天撃(かいおうかいてんげき)ぃぃぃっ!」
振り下ろされた双龍偃月牙の先端から、超絶の水龍(水流)が解き放たれた。



「なるほど、確かに全て同じ技だ」
アドーナイオスは三度目にして『回転撃』の本質を見抜く。
超高速回転させた双龍偃月牙の刃を相手に『打ち込む』のが双龍回転撃、招き寄せた水と溢れる闘気で創造した水龍を『撃ち込む』のが清瀧回転撃だ。
相手に叩き込むのが刃(牙)と闘気(水)という違いこそあれ、シャリートの技の動作自体はまったく同じである。
「海皇というのは威力が違うだけの清瀧か? いや、それだけではあるまい……だがっ!」
アドーナイオスは『見極め』を途中で放棄した。
「貴様の技がどんな特性を持とうとも関係ない! 我が一撃は常に必殺っ!」
迫る水龍に向かって、アドーナイオスは自ら飛び込んでいく。
「青ス閃烈斬(せいこうせんれつざん)ぁぁぁっ!」
アドーナイオスの両手剣から打ち放たれた超大な闘気の刃が、超絶の水龍を真っ二つに斬り裂いた。
「水は水に還れ」
空を埋め尽くしていた水龍が崩壊し、水に還り雨のように地上へ降り注ぐ。
「むっ、奴がいない!?」
水龍の向こう側、あるいは水龍の中に居ると予想していたシャリートの姿が空の何処にもなかった。
「言ったはずだ……我が一撃は双龍だとなっ!」
「ちっ!」
新たな水龍が地上から飛び出し、宙に浮かぶアドーナイオスへと襲いかかる。
アドーナイオスは必殺(渾身)の一撃を放った直後で硬直しており、無防備な背中を『水龍の口内のシャリート』に晒していた。
「殺ったっ!」
必勝のタイミング、アドーナイオスの再始動はコンマの差で間に合わない。
「激……ぬぁっ!?」
双龍偃月牙の刃がアドーナイオスの背中に触れる寸前、天から飛来した何か(未確認物体)がシャリートを弾き飛ばした。



「常に泳いでいないと死んでしまう……そういう魚もいるそうだけど……あなたもそれと同じね……」
黒い修道女エレクトラ・エトランゼは、哀れむような眼差しをタナトスに向けていた。
「……魚……私が……?」
「そうよ、遊泳性のサメやマグロだったかしら? 良かったわね、高級魚よ」
「高級魚……美味い魚ということか……?」
「ええ、マグロは言うに及ばずサメのひれも魚翅(フカヒレ)と言って……」
エレクトラの発言を遮るように、背後の爆煙の中に何かが落下し、爆音を響かせる。
「何だ……?」
「さあ? 隕石でも落ちたんじゃない……二つ程……」
背後で起きていることに、エレクトラはまったく興味を示さなかった。
「二つの隕石?」
いや、違う。
エレクトラの向こう側、爆煙の中で『巨大な二つの闘気』がぶつかり合っているのだ。
一つは荒ぶる大波のような激しく厳しい蒼(水)の気配、もう一つは澄み切った大空のような美しく清々しい青(天)の気配。
「海の蒼と空の青?」
水の方には覚えがある……ユーベルガイストに水龍をぶつけた青一色の女性だ。
天の方は知らな……いや、よく似た気質感じたことがある……ような気がする?
「誰だ? 少し違うような……もう少し白い? 青白い?」
「後ろが気になって、私は眼中外?」
「うっ……」
正面に居たはずのエレクトラが、いつのまにかタナトスの背後に移動していた。
「……『敵』を前にして随分と余裕ね。この細首……落としてあげても良かったのよ?」
エレクトラはタナトスの喉を指ですーっと撫でる。
「くっ!」
タナトスはエレクトラを振り解くようにして跳び離れた。
「……敵?」
敵と判断したから離れたわけではない。
首を撫でられた時に感じた寒気、それに対する反射的な行動だった。
「私はアルコンテス十二獣星『処女宮(サバオート)』のエレクトラ……エレクトラ・エトランゼ」
「またアルコンティスか……」
タナトスの認識ではアルコンティスとは……よく解らない悪の組織(?)で、自分を襲ってくる者達……といったところである。
「そして……」
再びエレクトラの発言を遮るような爆音が今度は空から響き、次いで雨が降り注いだ。
「……とことん水を差してくれるわね……」
エレクトラは不愉快げな表情で嘆息する。
直後、駄目押しのように、爆煙を内側から吹き飛ばし水龍が天へと昇っていた。
「…………」
「ん?」
皇牙が難しい顔でエレクトラを睨んでいることに、タナトスは気づく。
「どうした?」
「雑種なのは間違いないんだけど……でも……そんなはずは……」
「……何だ? なぜ今度は私を睨む?」
「……やっぱりこっちは間違いない……だけど、もう片方はありえない……」
二人を見比べるように、皇牙の視線がエレクトラとタナトスを往復した。
「ありえないって何がだ……?」
「血の交わりよ! 半分はあんたとまったく同じ血なんだけど……もう半分の血が……」
「詮索はそこまでよ。そろそろ降ってくるわ……」
エレクトラが一歩後ろへと後退する。
「ぬうううぅっ!」
先程までエレクトラが立っていた場所に、青一色の女性(シャリート)が降ってきた。
「まったく、どこまで水を差せば気が済むのかしら? あなた達は……」
エレクトラは視線は前方に向けたまま、『背後』に話しかける。
「ふぅん、それは失礼した……我が同志よ」
竜面の男(アドーナイオス)は恐ろしく自然に、エレクトラの後ろに立っていた。
「同志……ね……」
エレクトラは苦笑する。
男の言葉(声)には欠片も誠意が感じられず、同志などと笑える冗談だ。
「まあ、アルコンティス(お仲間)だとは思ったけど……」
「アドーナイオスだ」
「獅子宮(アドーナイオス)? それは称号ではなくて……?」
「呼び名など肩書きで充分だ」
「なるほど……素顔も本当の名も教える気はないと……大した同志ね」
エレクトラは微笑う。
ここまで露骨に仲間意識がないと不快を通り越して寧ろ傑作だった。
「いい加減に姿を見せたらどうだ、余の邪魔をした痴れ者がっ!」
「ふぅん……」
双龍偃月牙がアドーナイオスの仮面(顔)の横を掠めて、天空へと昇っていく。
ガギャン!といった轟音の後、天から双龍偃月牙から跳ね返ってきた。
「馬鹿な!? 余の双龍に傷だと……」
大地に突き立った双龍偃月牙の刃には、僅かだが削られたような傷がついていた。
「……さて、貴様はこれからどうするつもりだ?」
「実はイョーベールを連れ戻しにきたのだけど……」
「ああ、アレなら『私達』の方で回収済みだ」
「でしょうね。それは解っていたので、本当は姿を見せる必要はなかったのだけど……」
エレクトラは、改めてタナトスへの視線に力を込め直す。
「つい……様……いえ、彼女に『挨拶』したくなったのよ」
「ほう、あの黒いのに対してはいろいろと含むところがあるようだな……」
「…………」
「では、それ以外は全て私の好きにして構わないな?」
「……まだ退かないと? 私もあなたも目的は果たしたというのに……」
「時にはわざと引き際を間違えてみるのも一興だ」
「……つまり、ここで退いては、格好がつかない? 自分の強さをまだ誇示できていない……といったところかしら?」
「ふぅん、身も蓋もなく言えばそんなところだ」
アドーナイオスはエレクトラをどかすようにして前に出ると、青刃の両手剣を天へと振り上げた。


















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一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。



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